2005年/1月

お姫さま

 物心ついた時から、お姫様を描いていました。コンクリートの庭にチョークで描くのも、障子のさんに鉛筆でいたずら描きするのも、みんな、ビラビラつきの花簪をつけた「お姫様」。花嫁さんだったり、舞妓さんだったり、歌舞伎の娘役だったり、正式には「本当のお姫様」でなくても、着物を着てきれいな髪飾りをつけた女の子はすべて私にとって「お姫様」で・・そんな絵ばかり描いていました。洋風のお姫様も描いたけれど、着物姿のほうが多かったと思います。年上のいとこや近所のお姉さんたちが持っていた少女雑誌の口絵、付録の「写し絵」や「着せ替え」に影響されてのことだと思うのですが、さだかではありません。
 自分で少女漫画誌を買う(買ってもらう)ようになった頃は、高橋真琴さんの全盛期で、、「マーガレット」「りぼん」「なかよし」等の口絵や挿絵にうっとりしていた記憶があります。(実際に高橋さんがどの雑誌に描いておられたのかは、覚えていません。)
 少女漫画っぽい絵を描くのをその頃は「お人形さんを描く」という言い方をしていたのですが、思えば、その頃からずーっと同じものを描いています。
 日本画の人物画でも美人画でもなく、「お人形さん」。高畠華宵に一時すごく憧れていたのは、竹久夢ニと違って、華宵の絵にはいわゆる「生身の女の色気」がなく、よい意味の「お人形さん」だと思うからです。「聖なる少女」とでも言うのか、この世のものでない気高い者の感じがあって、(多分華宵が男性でありながら、女性の視線で描いているからだと思うのですが)コマ割の漫画形式の表現でなくとも、彼が日本の少女漫画の原点だと思っています。そして蕗谷虹ニ、中原淳一を経て現代に至っているその流れの末流に私も加わりたいと願っています。
 私の絵は、絹本に日本画絵の具で描いているため便宜上、「日本画」と言っているものの、少女漫画により近いものです。多分色気はないと思います。自分では「少女漫画度30パーセント」と決めていてそれ以下にならないように勤めているつもりです。「カレンダー」など注文制作の場合は難しいのですが、それでも依頼主の目をぬすんでは、「少しでも少女漫画度をあげられないかと苦労しています。普通の漫画形式で表現できないのはひとえに才能のなさによるもので、中学生の頃ストーリーをまとめ上げることができずに諦めました。そして、口絵的な表現ならできるかも・・とイラストレーターになりました。1枚の絵に漫画の単行本1冊分の抒情性を詰め込めないものか・・ともがいています。